お城を見学する際に勉強しておくべき5つのポイント

姫路城

日経新聞の1月22日の記事によると、世界遺産にして国宝でもある姫路城は2月1日から入場料をクレジットカードで支払えるようにすると発表したとの事。寺社仏閣は基本的には現金払いでした。そのため、それらを見て回る際にはクレジットカード派の人は現金を用意しておかなければなりませんでした。
ですが姫路城は、世界遺産でもありますから海外からのお客も多く、クレジットカードであればそのまま使用出来ますので、2月1日よりクレジットカードを使用出来るようにするとの事。
これによって、海外からのお客はもちろんですが、「クレジットカードであれば」との事で利用者も増えるかもしれません。
そこで、お城を訪れる前に勉強しておく事でお城訪問がより楽しめる5つのポイントをお話しましょう。

誰が建てたのかくらいは知っておく

お城には築城者がいるものです。厳密に言えば作業員ですが、誰が指示したものなのか。これを知っておくだけでも全然違います。
一口に「お城」と言ってもいつ出来たものなのかはまちまちです。再建されているものも、元々は何時頃出来たものなのか。基本的には戦国時代が多いですが、江戸時代のものもあれば、戦国時代以前の物もあります。
また、「戦国時代」と言ってもどのような背景なのかは、それぞれ異なるものです。それらを理解すると、さらにお城見学が楽しいものになりますよ。

当時の時代情勢

基本的に、お城の多くは戦国時代から江戸時代にかけて建造されたものが多いのですが、大名によって状況はまったく違いました。
それらを知っておく事でお城見学は更に楽しいものになるでしょう。例えば安土城の場合、織田信長のいわば絶頂期に築城されたものではありますが、そこには「上杉謙信への備え」もありました。だからこそ山の中腹という守りやすい所に築城したのです。
一方、先に名前が挙がった姫路城の場合、「平城」と呼ばれている、いわゆる山の中腹ではなく平地に築城されたものです。平和になりつつあった江戸時代にかけてのもの、さらには城に攻められるような展開になればそれはもう終わりだろうとの思いから、平城にしたとも言われています。
このように、お城にはそれぞれ背景、更には築城者のコンセプトが異なるものなのです。

築城者と時の大名の関わり

築城者と時の権力者がどのような関係性であったのかを知っておくと、お城見学もまた、楽しいものになります。
例えば広島城は今でこそ海辺ではありませんが、当時は海辺にありました。海辺にあると攻められやすいため、それを見た豊臣秀吉に笑われたとされています。
ですがこれは、築城を命じた小早川隆景の策略で、「頑丈で攻めにくい城を見られたら秀吉に警戒されるかもしれないから、攻めやすそうな城で、笑われて油断されるくらいが家が長持ちする」との考えからのものなのです。
城は戦で守るためのものですが、家そのものを守ったという話でもあります。このように、お城にはそれぞれ権力者とのドラマもあります。

大名の経済力

戦国時代には一般的に「○○万石」と表記されるかと思いますが、これが大名の経済力です。これは土地の広さではなく、どれだけ米を収穫出来るかを表した量なのですが、収穫されたお米を金に換え、経済を形成していました。
つまり、この数字が高ければ高い程「お金持ち」になりますので、お城も豪華なものになっていきます。これが分かっていると、お城の規模の理由も見えてきます。小さいお城の場合、やはりそれなりに経済的に厳しかったのだろうとか。

跡継ぎ

築城した武将の跡継ぎは誰なのか。そしてその後、その大名はどうなっていったのか。
これらを調べると、まさにお城訪問を「趣味」と呼んで良いレベルと言えるでしょうね。

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